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佐藤琢磨500マイルV

 佐藤琢磨選手(40)「インディアナポリス500マイル(インディ500)」で日本人ドライバーとして初めて優勝。東京・丸の内中通りで行われた参加型スポーツイベント『MARUNOUCHI SPORTS FES 2017』では、レーシングカートとレンタルカートでデモ走行を披露した。

 




<首相>佐藤琢磨選手に総理大臣顕彰 インディ500初V
 安倍晋三首相は4日、自動車の世界3大レースの一つ「インディアナポリス500マイル(インディ500)」で日本人ドライバーとして初めて優勝した佐藤琢磨選手(40)に対し、首相官邸で総理大臣顕彰を贈った。首相は「日本人の業績としては最高位にあたる快挙だ」と祝福した。

【安倍首相と握手する佐藤拓磨選手】

 佐藤氏は未発売のスポーツカーを運転して官邸を訪問。実際にコースの路面に使われたレンガで作った置物を首相にプレゼントした。面会後、「栄誉ある賞をいただき光栄だ。さらに大きな目標や夢を持って頑張っていきたい」と記者団に語った。【竹内望】
 

丸の内を佐藤琢磨選手がカートで走行! 「MARUNOUCHI SPORTS FES 2017」がスタート

 

インディ500王者がオフィス街をカートで走行

 健康意識向上・交流促進を目的としたイベント「MARUNOUCHI SPORTS FES 2017」が2017年8月3日から17日まで東京・丸の内中通りで行われている。そのオープンニングセレモニーに世界の頂点に立ったゲストが登場しスポーツの楽しさを語った。

 2016年に引き続き開催されるイベントは有楽町、大手町など拡大し、野球やサッカーなど幅広い地区でスポーツをチャレンジンすることが出来る。プロアスリートによるトークショー、展示物なども行われている。今回オープニングセレモニーの司会を務めたフリーアナウンサーの加藤綾子さんはスポーツ番組を持つ1人だ。

 オリンピックのゴールドメダリストである、スポーツ庁長官・鈴木大地さんは「アンケート調査で1週間のうち42.5%の人がスポーツをしていると回答しています。その数値を65%に増やしたいと思っています。働き盛りな20代から40代の人たちが楽しんでもらえるようなコンテンツにしています」とコメント。

 そして、今回の開催にあたりスペシャルゲストとして女子陸上の福島千里選手が登場。福島さんは北京、ロンドン、リオ五輪の代表選手で、100mと200mの日本記録保持者だ。さらに2人目のゲストは、2017年5月28日に行われたインディー500で日本人初となる優勝を果たした佐藤琢磨選手。ギャラリーも大きな拍手で出迎えていた。

 MCの加藤綾子さんが優勝の時の気持ちを伺うと「言葉にならないくらい感激しました。夢だったインディ500での優勝を叶えられてヘルメットのなかで叫びました」とコメント。インディカーシリーズはアメリカのなかでもお祭り騒ぎになるほどの賑わいを見せるモータースポーツのひとつだ。

 そのシリーズ中最大のイベントであり、世界三大レースのひとつとされるインディ500は、優勝時にシャンパンではなくミルクで祝杯されるのが伝統となっている。それゆえに「レストランに行くと頼んでもいないのにミルクを出してくれるんです。そうして応援してくださる方々に感謝しています。MARUNOUCHI SPORTS FESは体を動かす喜びとして夏休みにぴったりなイベントになりますね」と話してくれた。

 ゲストも揃ったところで会場では実際に体力測定を行い、ギャラリーを賑やかせた。佐藤琢磨選手は開眼片足立ちをぐらぐらしながらも30.75秒と平均値に近い数値を出した。

 同イベントには、集中力をテーマに5種目のスポーツで記録にチャレンジするコーナを設置。野球・ゴルフ・テニス・サッカー・自転車と、球の速さや最高速度などを競うものだ。オープニングイベントでは実際に、福島選手が野球、琢磨選手が自転車、鈴木さんがゴルフでそれぞれ挑んだ。

 学生時代は自転車競技で輝かしい戦績を残していた佐藤琢磨選手は、自転車で10秒間漕ぎ続けて最高速度記録するコーナーに挑戦。世界記録は77.1km/hという数値にも驚くが、琢磨選手は44.9km/hという数字を叩き出した。

 すぐ近くで見ていた福島さんに5種の競技の中で注目するべき点を訪ねると「自分の記録が残ること、体験することの楽しさと、2つの楽しさがありますね。どれも難しそうですが、やってみないとわからないので、ぜひこれから訪れる方は挑戦してほしいです!」と話してくれた。

 また8月12日には丸の内中通りの石畳の路面をカートで走行する体験ができる。そのPRに佐藤琢磨選手がレーシングスーツで登場。実際にレースで使うレーシングカートとレンタルカートを使用しデモ走行を行った。

 さらに福島選手もサプライズで登場し佐藤琢磨選手の先導のもとスタート。終始笑顔で楽しんでいたことが印象的だった。

 約2週間渡って行われる「MARUNOUCHI SPORTS FES 2017」に足を運んでみてはいかがだろうか。

【画像ギャラリー】

 

加藤綾子アナ、スポーツキャスターとして決意新た「選手の裏側、人間性に注目したい」


 フリーアナウンサーの加藤綾子が3日、東京・丸の内で行われた参加型スポーツイベント『MARUNOUCHI SPORTS FES 2017』のオープニングセレモニーに出席。イベントの体験コーナーで立位体前屈に挑戦し、同年代の平均を大きく上回る結果を叩き出すと「ピラティスをやっていてよかった」と得意気に笑みを浮かべた。

【写真】立位体前屈に挑戦したカトパン

 フリー転身後には、スポーツキャスターとしても活躍中。スポーツの現場は「画面で観るよりも感動や迫力が何十倍もすごい」と目を輝かせると「競技の細かい部分よりも頑張っている選手たちの裏側や人間性に注目して、皆さんが家族のような気持ちで応援できるように頑張りたい」と決意新たに語った。

 同イベントは、野球やサッカー、テニスなどさまざまなスポーツ体験プログラムやデモンストレーションをはじめ、ゲストによるトークショー、アスリートが実際に使用した道具や過去数十年分のスポーツ新聞、スポーツ雑誌・専門誌といった貴重な資料の展示などを行う。きょう3日から17日まで、東京駅を中心とした丸の内、有楽町、大手町エリアで開催。

 オープニングセレモニーにはそのほか、陸上の福島千里選手、レーシングドライバーの佐藤琢磨選手、スポーツ庁の鈴木大地長官が出席。佐藤選手は「オフィス街でスポーツをやる機会もなかなかない。ここで体験して競技の楽しさを間近で感じてほしい。オリンピックも近づいてますし、もっと盛り上がってほしいですね」と呼びかけていた。

 

佐藤琢磨「インディ500」初優勝! 彼が取り戻した2012年の忘れ物とは……




5月28日にアメリカ・インディアナポリス州のインディアナポリス・モーター・スピードウェイで行われた「インディアナポリス500」(通称インディ500)で、佐藤琢磨が優勝した。日本人ドライバーがインディ500を制するのは、101回の歴史で初めてだ。これまで、佐藤琢磨を紹介する際は「元F1ドライバーの」という表現がついてまわったが、これからは「インディ500ウイナーの」という表現に変わることだろう。それほどに大きな出来事だ。

20170602_suzuki_11

インディ500は1周約4km(2.5マイル)のオーバルコースを200周する競技で、琢磨はホンダ製2.2L・V6ターボエンジンを搭載するアンドレッティ・オートスポーツに所属する。出走33台中、4番手でスタートした琢磨はトップグループでレース序盤を過ごしたが、82周目に行ったピットストップで時間をロスしたため、大きく順位を落としてしまう。89周目には17番手にまで沈んでしまった。

 

「だめかなと思った瞬間もあった」と琢磨はレース後に振り返ったが、諦めずに走りつづけ、少しずつ順位を取り戻していった。122周目には6番手にまでポジションを戻すと、168周目には5番手に浮上。179周目には一気に2台をかわして3番手に順位を上げた。

琢磨はホンダ製エンジンを搭載するアンドレッティ・オートスポーツで参戦↑琢磨はホンダ製エンジンを搭載するアンドレッティ・オートスポーツで参戦

 

最後の6周は、インディ500を3度制しているエリオ・カストロネベス(シボレー)との一騎打ちだった。

 
 

「最後の3周はなんて表現していいかわかりません。エリオがすごくフェアに戦ってくれたので、全開で行くだけでした」
 
 

195周目にトップに立った琢磨は、カストロネベスの追撃を抑え、フィニッシュラインを駆け抜けた。2位との0.2011秒のギャップは、インディ史上6番目にランクされる僅差だった。200周のレースでトップに立ったドライバーは15人で、歴代最多記録を更新。どれだけ激しいレースだったかがうかがえる。

 

■自転車競技からスタートした異端のキャリア

1977年1月28日生まれの佐藤琢磨は、高校~大学と自転車競技に打ち込むが、大学在学中に一念発起してモータースポーツ界への転身を決める。幼少の頃にゴーカートから始めて経験を積み、ステップアップを重ねてトップカテゴリーを狙うのがモータースポーツの世界で上を目指す王道。そう考えると、琢磨のキャリアは異端であり、明らかにハンデを負っていた。

 

だが、琢磨はハンデをものともせず、急速に力をつけていった。1997年に鈴鹿サーキット・レーシング・スクール・フォーミュラ(SRS-F)を主席で卒業すると、2000年に渡英。イギリスF3選手権に参戦し、2001年に日本人として始めてのタイトルを獲得する。同じ年、ミカ・ハッキネンやミハエル・シューマッハらを輩出し、F1への登竜門として知られたマカオGPも制した。

 

2002年、琢磨はジョーダン無限ホンダからF1デビューを果たす。自転車からレーシングカーに乗り換えてわずか5年で頂点に達したことになる。B・A・Rホンダ時代の04年には、インディ500の舞台である“インディアナポリス”で行われたアメリカGPで、日本人最上位タイとなる3位を記録。これが、08年まで7シーズンにおよんだ琢磨のベストリザルトとなった。

20170602_suzuki_13↑今回の優勝後のインタビューで琢磨は、2011年の東日本大震災について触れた

 

2010年、琢磨は新天地を求めてアメリカに渡り、KVレーシングからインディカー・シリーズに参戦。A.J.フォイト・エンタープライズに所属していた2013年のロングビーチ戦(市街地コース)で、自身にとっても日本人ドライバーとしても初優勝を飾る。インディ500での優勝はインディカー・シリーズ通算2勝目で、オーバルコースでの優勝は初だ。

 

初優勝にも増して印象的だったのは、2012年のインディ500だ。終盤2番手まで順位を上げた琢磨は、最終周に先頭を走るダリオ・フランキッティ(ホンダ)を追い抜こうと仕掛けるが、その際、姿勢を乱してウォールにヒット。あとほんの少しのところでインディ500の優勝を逃した。

 
 
「2012年の忘れ物を取り戻す必要がありました。(レース後に)ダリオが挨拶にきてくれたのはうれしかったですね。アンドレッティ・オートスポーツは素晴らしいクルマを用意してくれました。戦略もすばらしかった」
 
 

琢磨の人柄を表しているのは次のコメントだ。レース終了直後、オフィシャルインタビュアーにマイクを向けられた際に発した(つまり、全米に向けた)言葉である。

 
 
「(インディ500での勝利は)個人的にもうれしいですし、日本にとっても意味のあることだと思います。2011年に大きな地震と津波がありました。まだ多くの人が避難所で生活しています。まだ、苦しんでいるのです。この勝利が日本に力を与えることになればと思います」
 
 

成し遂げた男は、格好いいことを言う。

 

【著者プロフィール】

世良耕太

モータリングライター&エディター。出版社勤務後、独立。F1世界選手権やWEC(世界耐久選手権)を中心としたモータースポーツ、および量産車の技術面を中心に取材・編集・執筆活動を行う。近編著に『F1機械工学大全』『モータースポーツのテクノロジー2016-2017』(ともに三栄書房)、『図解自動車エンジンの技術』(ナツメ社)など


 


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